学ぶことの意味 -子路 その1-


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 古代中国の思想家「孔子」には、有名な弟子が十人(孔門十哲)いたとされますが、その一人に子路(しろ)がいます。子路はもともと学問よりも武勇を好み、ときには騒ぎも起こすが義理には厚いという、いわゆる侠客と呼ばれる人でした。

 ある日、彼は孔子というものが賢者と称し、弁舌巧みに人々を惹きつけていると聞いて、化けの皮を剥がしてやろうと喧嘩をふっかけに行くのです。その様子を中島敦の『弟子』という小説から見てみましょう。(一部改変しています)

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 孔子「汝、何をか好む?」子路「我、長剣を好む。」「学はすなわちいかん?」「学、豈、益あらんや。」学問など何の価値もないと、怒鳴るように答える子路に対して、孔子は諄々としてその必要を説き始めます。

 「人君にして諫臣が無ければ正を失い、士にして教友が無ければ聴を失う。樹も縄を受けてはじめて直くなるのではないか。馬に策が、弓に檠が必要なように、人にもその放恣な性情を矯める教学が、どうして必要でなかろうぞ。」ものというものは正しく収め磨いて、はじめて有用の材となるのではないのか?

 「しかし」と、子路はなおも逆襲します。「南山の竹は揉めずして自ら直く、斬ってこれを用うれば犀革の厚きをも通すと聞いている。」して見れば、天性優れたる者にとって、何を学ぶ必要があろうか?

 孔子が静かに答えます。お前がいう南山の竹に矢羽をつけ鏃を付けてこれを礪いたならば、ただ犀革を通すばかりではないであろうに?

 これを聞いてしばらく黙っていた子路は頭を低れ、「謹しんで教を受けん。」と言って孔子に弟子入りするのです。

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 かつて、学問とは、自ら教えを請うて始めるものでした。よくよく思案して志し、ときに一生をかけて取り組むものでした。

 しかし、時代が人々から学問を取り上げ、代わりに義務教育を付与した今、勉強の意味を考える必要はなくなりました。学校に行くことが決められてしまえば、学校に行くべきかと悩む理由もなくなり、勉強したいと痛切に願うこともなくなるでしょう。

 「なぜ勉強しないといけないの?」という質問に対し、満足に答えられる子どもも大人も少なくなってきているのです。

(以下続きます)
あさのは塾情報::雑感 | 01:28 AM | comments (x) | trackback (x)

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