過去からの便り


あさのは塾ブログ

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 高校時代の友人から、数十年ぶりの電話をもらいました。○○歳記念の同窓会の誘いです。人付き合いが悪く、音信不通になっている自分を気遣ってくれたようです。

 それにしても、電話一本で過去の出来事や心持ちがありありとよみがえるものです。一日ずつ過ごしてきたはずなのに、気がつけばあっという間です。

 恥の多い人生なので、もう一度やり直せたらと思うことも一つや二つではありません。他方、やり直したところで、やはり同じ結果になるだろうという気もします。

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 「受験が終わったら遊べるんだから、今は勉強を頑張りなさい。」これは中学受験をした頃、母親に言われた言葉です。

 母の言うことは何でも正しいと信じていたので、受験が終わってから、ずっと遊んでいました。必然的に、中学の成績は悲惨なもので、順位は下から数えた方が早い状態でした。

 当時は、勉強の仕方というものがわかりませんでした。泳ぎ方を知らないまま、海に入ったのに似ています。じたばたしていましたが、前に進んでいるのかどうかもさだかでない。

 元来、人に頼ったり相談をしたりということが苦手なタイプでした。このことは人生にとって大きな損失だと思います。でも、なかなか変えられない。

 父や母も心配しますが、親だってどうしたらよいか知るわけもないのです。そのうち反抗期になって、状況はますます混沌としてきます。

 一人で勉強することは難しかったですが、いろいろ挑戦はしました。勉強方法と書いてあるものがあれば、必ず実践してみました。大学合格者の体験記があれば、それと同じようにやろうと試みたものです。

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 そういう好ましからぬ状況にもかかわらず、学校生活は楽しいものでした。知的刺激が多かったですね。世界は探究するべき謎に満ちている。心を揺り動かすものもたくさんある。

 夜更かしがひどく、しばしば遅刻しました。教室に入りにくいときは、図書館に直行して午前中過ごしました。放任主義の学校だったので、とくに咎められることはありませんでした。

 友人にも恵まれました。孤独に憧れたけれども、孤独ではなかった。後年、塾の名を付けるとき高校名から一字もらいました。

 幸いなことに、当時テレビゲームやスマートフォンはありませんでした。もしあれば、確実に足を掬われていたことでしょう。

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 同級生には賢い友人が多かったです。当時は、自分だって時間をかけ努力すれば、追いつけるはずだと思っていました。それは必ずしも間違いではない。

 ただ、そもそも「賢い」という言葉には、理解や記憶にそれほど「時間がかからない」という意味が含まれているのではないかと思います。

 学習したことを理解して、それがしっくり身につくには、時間と努力を要するものですが、彼らは私ほどにはそういう手間を必要としない。

 だから、「頑張れば」追いつけると思った時点で、負けを認めてしまっているところがあるのです。まことに、世の中は不公平にできている。でも、それは勉強以外のことについても同じでしょう。

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 幸い、賢い人々と一生顔を突き合わせていくわけではありません。受験勉強の勝負をずっと引きずるわけではない。世界は広く、進むべき道はさまざまに分岐しています。

 私たちはランダムに才能と身体を授かり、一回の人生を消費する権利を与えられている。持ち時間はざっと80年。

 それぞれの分野で大勝負に打って出る時間は十分にあるし、チャンスの回数だって、一度や二度ではないはずなのです。
あさのは塾便り::勉強・子育てなど | 12:38 AM | comments (x) | trackback (x)

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