ミステリアス・ライフ


あさのは塾ブログ

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 子どもの頃は、「大人」というものに勝手なイメージを描いていました。よく「大人なんだからしっかりしなさい」とか「もう子どもじゃないんだから」とか言いますよね。

 だから、大人と子どもの間には何かしら境界があって、ちゃんとした大人になれば、迷ったり悩んだりしなくなるものだと思っていたのです。

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 ところが、実際に自分が大人になってみると、そんなことはあるはずもなく、相変わらず目の前の事柄に一喜一憂して生きています。

 してみると、大人と子どもには違いがあるとしても、それは相対的なもので、構造的には共通しているのだと考えるようになりました。

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 まあ、思春期とかややこしいことはあるにしても、大人になるにあたって、セミみたいに大変身するわけではありません。

 だから、心も連続的に成長すると考える方が理にかなっているのでしょう。それに、祖父母から見れば、両親だって子どもなんですからね。

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 さて、それと並行して、別の考え事もありました。それは、自分が心の中で考えることは、他人とどの程度似ていて、どの程度異なっているのかという疑問です。

 顔や身体の構造は共通でも、外見の姿形は人によってずいぶん異なる。それと同じように、心の仕組みもまた、多くの人に共通な構造と、個人によって異なる部分とに分かれるかもしれない。

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 人間は日々いろいろなことを考えていて、賢く立派な志を抱くこともあり、人には言えない、よからぬ妄想をすることもある。では、これって、どれくらいが他人と似通っているものなのでしょうか。

 詮索が過ぎれば、犯罪者のプロファイリングみたいになってしまいますが、思い起こせば、私たちは小さい頃から見よう見まねで、他人の気持ちを推しはかりながら生きてきました。

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 母親に叱られたときは、不機嫌をなだめようと、子どもなりに心を砕いたし、国語の時間は「登場人物の心情を読み取りなさい」という設問を解かされました。           

 思い切って異性に話しかけたときは、その反応や素振りから、脈があるのかないのか、さんざんに思い悩んだものです。

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 今、この年齢になって振り返ると、自分は他の人とは違うと、若い頃考えていたほどには違わないのではないか、と感じることもあります。

 人の心があまりにわかりにくいものなら、毎日疲れてしまって、社会生活そのものが成立しないでしょうからね。

 しかし、かといって、年を重ねれば相手の気持ちを誤解しなくなるというものでもない。そもそも、自分の心の中にさえ、無意識の深淵が存在している。

 道で行き交う人もまた、それぞれが同じものを胸の中に抱え込んでいるわけですから、事情は本当に複雑です。

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 でも、人の気持ちが読めないことを逆手にとって、恋愛ドラマが作られ、ミステリー小説が書かれてきました。

 人同士の付き合いって、ほどほどにわかりやすく、ほどほどにわかりにくく出来ていて、その匙加減は絶妙だという気もするのです。
あさのは塾便り::本・映画など | 09:24 PM | comments (x) | trackback (x)

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